量子コンピュータのエラー抑制に必要な最小リソースコストを評価する一般的な方法を提唱した論文(プレプリント)を公開しました。
株式会社QunaSysの高木(特別研究員)は、エンタングルメント理論の拡張として近年発展を見せている量子リソース理論と呼ばれる分野の手法を用いることで、近い将来の実現が期待される量子デバイスの運用に不可欠であるエラー抑制法を実装するのに必要な最小のリソースコストを評価する一般的な方法を導入した論文(プレプリント)を公開しました。
“Optimal resource cost for error mitigation”
URL https://arxiv.org/abs/2006.12509
追記:2021年8月20日付で、Physical Review Research誌に掲載されました。
https://journals.aps.org/prresearch/abstract/10.1103/PhysRevResearch.3.033178
背景
近年の技術的発展は、完全に量子性を保った上での量子情報処理という最終目標への道のりを徐々に進めており、そのマイルストーンとして、NISQ (Noisy Intermidiate-Scale Quantum)デバイスと呼ばれるノイズあり中規模量子コンピュータの実現およびその有用な活用法が注目を集めています。NISQデバイスは必要な量子ビット数や演算数を現実的なものに抑えるために量子誤り訂正を用いないことを想定する一方、ノイズの蓄積はデバイスを有効に活用して行く際に深刻な障害となります。この障害を回避する為、現在の技術では依然非現実的である量子誤り訂正を用いることなくノイズの影響を抑えることを目的とした「エラー抑制法」の研究が盛んに行われており、提唱された数あるエラー抑制法の中でも特に「Probabilistic error cancellation」と呼ばれる方法は、現実的に実装可能かつ正確にエラーの影響を除去できる方法として注目を集めています。
問題点
しかし当然のことながら、エラー抑制には余分な計算コストがかかります。Probabilistic error cancellationにおいて特に問題となるのは、計算結果に望みの精度を確保するために必要なサンプル数(量子回路の測定回数)です。このサンプリングコストは量子回路の大きさに関して指数的に増加するので、実用的な計算を行おうとすると瞬く間に非現実的なリソースが必要となることがあります。一般に、probablistic error cancellationのサンプリングコストは対象となるノイズの影響をどのような操作の組み合わせを用いて抑制するかに依存しますが、そのコストを最小化するには非常に複雑な最適化問題を解く必要があり、コストの理論的な最小値を評価する方法は知られていませんでした。そのため、これまでは特定の場合毎にヒューリスティックな操作の選び方が議論されたのみで、特にそれらがコストの面で最適かどうかは全く知られていませんでした。Probabilistic error cancellationを用いてNISQデバイスを活用していく際にはその実装コストをなるべく小さくすることが必要不可欠であり、コストに理論的な下限値を与えること・下限値を与えるような操作を見出すことは実用上極めて重要となります。
結果
この問題を解決する為、我々はNISQデバイスのエラー抑制のシナリオと、量子情報理論で最近発展を見せている量子リソース理論の枠組みの間の親密な関係を見出し、それを用いることで与えられたデバイスに対してprobabilistic error cancellationを行うのに必要な最小のリソースコストを厳密に評価する方法を提唱しました。リソース理論とは、与えられた状況において価値があるリソースと捉えられる量を扱う一般的な枠組みのことで、例えばエンタングルメント理論は物理的に離れた二者間で簡単に生成できない量(=エンタングルメント)を定量的に議論するリソース理論の例と見ることができます。このアイデアをエラー抑制の文脈に拡張すると、エラーの影響を受けていない理想の量子ゲートをリソースと捉えることができ、その「リソース量」を定量化することができます。我々はこのリソース量が最適なサンプリングコストと直接関係しており、リソース理論のテクニックを用いてこの量を評価することで最小のサンプリングコストに厳密な評価を与えることができることを示しました。我々はこの方法を具体的なノイズモデルに適用し、それらについての最小コストを明示的に与えるとともに、より一般的なノイズモデルにも自動的に適用できる評価を示すことに成功しました。
展望
我々の結果はNISQデバイスに実装できるエラー抑制法の可能性およびその理論的な制限を明らかにするとともに、リソース理論が具体的な問題を解決する上での有用な枠組みであることを示すものです。また我々の議論は、probabilistic error cancellationの拡張を試みた最近の進展とも組み合わせることが可能な汎用性の高いものであり、エラー抑制法実装の可能性の検証をより一層促進させるものと期待されます。さらに、本論文で提唱された一般的な手法は、エラー抑制を超えて効率的な物理量の測定や量子回路のシミュレーションなど様々な状況に広く適用できるであろうと考えられます。株式会社QunaSysの高木(特別研究員)は、エンタングルメント理論の拡張として近年発展を見せている量子リソース理論と呼ばれる分野の手法を用いることで、近い将来の実現が期待される量子デバイスの運用に不可欠であるエラー抑制法を実装するのに必要な最小のリソースコストを評価する一般的な方法を導入した論文(プレプリント)を公開しました。