金融サービスの未来を拓く Quantum Readiness戦略:意思決定者への提言
QunaSysは、欧州の量子ハブの一つであるコペンハーゲンにもオフィスを構え、海外での量子コンピュータ研究開発を推進しています。 また英国を拠点とするリサーチャーも在籍しており、欧州の量子エコシステムとの連携を深めています。
本稿は、英国金融行動監視機構(FCA)が、2025年10月3日に発表したの最新リサーチノート「Quantum Computing Applications in Financial Services」に基づき、この変革期において日本の金融機関の意思決定者が知っておくべき主要な論点、具体的な応用事例、
そしてQuantum Readiness構築に向けた戦略的考察を、ご紹介します。Quantum Readinessは日本語に訳すと、「量子導入準備態勢」といったところですが、以下本稿ではあえて英語のまま使用します。
はじめに:なぜ今、量子に注目すべきか
量子コンピューティングは、金融サービスに国家的な成長機会をもたらす可能性があります。技術の進歩は加速しており、商業的応用が萌芽する「クリティカルな瞬間」を迎えています。
この技術が金融にもたらす潜在的なメリットは計り知れませんが、実現には業界、政府、学術界、規制当局が連携した協調的な取り組みが不可欠です。
主要な論点:3つの問題領域と市場の現在地
量子コンピューティングの金融サービスへの応用は、主に以下の3つの問題領域に分類されます。
- 最適化 (Optimisation):資産配分、取引スケジュールなど、最適な構成を見つける問題。
- 機械学習 (Machine Learning):不正検知、リスク予測など、データ駆動型の予測モデル構築。
- 確率的モデリング (Stochastic Modelling):デリバティブ価格決定、リスク管理におけるモンテカルロ・シミュレーション。
これらの領域における量子アプローチは、現状ではすべて、量子コンピューターと古典コンピューターを組み合わせるハイブリッド・アプローチを通じて優位性を探求しています。
ただし、現在の市場のセンチメントは領域によって異なります:
- 最適化:将来有望ではあるものの、より成熟したハードウェアを必要としています。
- 量子機械学習(QML):探索段階にあり、多くの企業が実験を行っています。
- 確率的モデリング:理論的には明確な速度向上(二次的なスピードアップ)を提供しますが、それが商業的な優位性に直結するかはまだ不透明です。
Quantum Readiness:先行企業が取るべき戦略的行動
技術が未成熟な今、先行する金融機関は「Quantum Readiness」の構築を始めています。これには、専門能力の開発、実験の実施、量子技術がいつ、どこで価値を提供できるかについての知見形成が含まれます。
企業が取るべき「後悔のない(no-regret)」または「後悔の少ない(low-regret)」行動として、以下の点が強調されています。
- スキルの開発:量子技術の専門知識への投資は、幅広い開発シナリオで価値を持ちます。
- 学術・ベンダーとの協働:概念実証(PoC)プロジェクトへの継続的な参加は、不可欠な知見を提供し、エコシステムへの資本と専門知識の投入を加速させます。
課題領域1:最適化(Optimisation)とポートフォリオ管理
最適化は、制約条件下で一連の意思決定の中から最良の構成を見つけ出す問題です。金融サービスでは、ポートフォリオの理想的な資産ミックスの選択 や、取引スケジュールの最適化、流動性の管理など、多岐にわたります。
古典的アプローチの限界
金融における最適化問題の多くは組合せ最適化問題であり、変数の増加に伴い、潜在的な解の数が指数関数的に増大します。古典的コンピューティングの限界は、主に以下の点に現れます。
- スケーリングの難しさ:変数の増加により、最適な解を網羅的に探索することが非現実的になります。
- 複雑性のキャプチャ:変数間の複雑な非線形な相互作用(相関、制約、市場行動)を、簡略化せずにモデルに組み込むことが困難です。
- 非最適解:複雑性と規模のため、古典的なヒューリスティック・アルゴリズムは「十分良い」解に落ち着くことが多く、真に最適な解を見逃す可能性があります。
量子による優位性の可能性:重ね合わせと量子もつれ
量子コンピューティングは、最適化問題を捉え直し、古典的なスケーリングの課題を克服する可能性を秘めています。
1. 多数のオプションを一度に
量子アプローチの中核は重ね合わせです。古典的なアプローチが一度に一つの候補解を評価するのに対し、量子アプローチは量子ビット(Qubit)の重ね合わせを利用して、多数の可能な解を同時に符号化・表現します。量子回路は、有望な解の確率を増幅し、そうでない解の確率を減少させるように設計されます。これにより、古典システムではアクセスできない、複雑な探索空間をより効率的に探索できる可能性があります。
2. 変数間の関係性のキャプチャ
もう一つの重要なリソースは量子もつれです。量子コンピューターは、量子もつれを利用して、変数間の相関関係や制約を量子状態自体に符号化できます。これにより、古典的なアプローチのように追加の計算ステップで近似するのではなく、より多くの現実世界の複雑性を計算コストを増大させることなく組み込める可能性があります。
ユースケース:ポートフォリオ最適化
ポートフォリオ最適化は、投資・資産運用の中核機能であり、資本配分、リスク管理、収益達成のあり方を決定づけます。最適な結果は、リスク調整後パフォーマンスの向上や資本の効率的な配分を通じて、競争上の優位性に直結します。
量子アプローチへの問題の再構築(QUBO)
量子アプローチでは、ポートフォリオ最適化を二次非制約二値最適化(QUBO:Quadratic Unconstrained Binary Optimization)問題へと再構築します。
- 二値変数での表現:各資産は二値変数(ポートフォリオに含める場合は1、除外する場合は0)として表現されます。
- スコアリング:QUBOモデルは、これらの1と0の組み合わせ(ポートフォリオ構成)にスコアを割り当てます。このスコアは、期待リターンなどの個別資産の価値と、資産ペアが共に動く(相関する)ことによるリスク調整効果に基づいて調整されます。
- 目標:最適化タスクは、リターン最大化とリスク制限の最良のトレードオフを実現する1と0の組み合わせ(構成)を見つけることになります。
量子リソースの活用:QAOAアルゴリズム
QUBO問題は、量子コンピューターが情報を表現する方法と自然に整合します。
- 重ね合わせによる並列探索:資産の組み入れ・除外の決定が二値の「はい/いいえ」で表現されるため、量子ビットがその選択を表現できます。重ね合わせにより、量子コンピューターは複数の可能なポートフォリオ構成を同時に保持・操作し、並列に探索する潜在力を生み出します。
- 量子もつれによる相関キャプチャ:量子もつれは、異なる資産が互いのリスクを増幅または相殺する様子(分散効果)を、量子状態に直接エンコードすることを可能にします。これにより、追加の計算で近似するのではなく、ポートフォリオの表現自体に分散効果が組み込まれます。
この幅広い可能性を最適化出力に変えるため、量子近似最適化アルゴリズム(QAOA:Quantum Approximate Optimization Algorithm)が利用されます。
- QAOAの役割:QAOAは、繰り返し演算を通じて、より強力なポートフォリオ構成がサンプリングされる確率を高め、弱いものの確率は低下させる方法を提供します。
- 最終結果:最終的な測定時に最も頻繁に出現するポートフォリオが、リスクとリターンの最適なバランスに最も近いものとなります。
ハイブリッド・ワークフロー
量子アプローチは、古典的な手法を置き換えるのではなく、補完することを目指しています。
- 量子の貢献:量子アプローチは、問題の組合せ的な核心(ポートフォリオにどの資産のサブセットを含めるか)を特定するのに役立ちます。
- 古典の役割:古典的な最適化ソルバーは、選択された資産の正確な配分比率を微調整する(連続的な配分決定)部分で最適であり続けます。
結果として、量子アプローチが最も有望な資産の組み合わせを特定し、古典的な手法がその正確な配分を洗練するという、ハイブリッドなワークフローが生まれます。
障壁と市場センチメント
量子最適化は理論的には魅力的ですが、市場の現実はより控えめです。
- 古典ソルバーの成熟:古典的なツールは数十年にわたって磨き上げられており、速度、費用対効果、特定の問題への適合性において高い基準を確立しています。短期的に、汎用的な量子最適化ソリューションがこれらの成熟した古典的アプローチを凌駕することは非現実的です。
- ハードウェアの限界:現在の量子コンピューターは、計算のために信頼できる論理量子ビットの数に制約があります。ポートフォリオ最適化に必要な量子ビット数は、資産数に比例して増大しますが、エラー補正のために1つの論理量子ビットには多くの物理量子ビットが必要です。現在のハードウェアは、この要件に数桁及ばず、比較的小規模なポートフォリオでさえ到達範囲を超えています。
- エンコーディングの課題:ポートフォリオは単純な「含む/含まない」の二値決定ではなく、各資産にどれだけの割合を投資するかという連続的な重みを決定する必要があります。この連続的な重みを量子アルゴリズムが必要とする離散的な形式に変換するプロセスは、パフォーマンスの潜在的な向上を相殺する顕著なオーバーヘッドを追加します。
- 接続性の制約:効果的な最適化には、ポートフォリオ内のすべての資産間の相関を考慮に入れる必要があり、量子用語で言えば「All-to-All Connectivity」が求められます。
結果として、金融機関の視点からは、理論的な優位性よりも実践で競争力のある結果を低コストで提供できるかどうかが採用の決め手となります。
課題領域2:機械学習(Machine Learning)と不正検知
機械学習(ML)は、データを使用して新しい、未知のデータについて予測を行うモデルを構築する領域です。金融サービスでは、不正検知、マネーロンダリング対策、ポートフォリオ分析、リスク予測など、深く組み込まれています。
古典的アプローチの課題
古典的なMLアプローチは成功を収めていますが、金融サービス特有の課題に直面しています。
- データの品質と不均衡:金融データセットは、ノイズが多く、スパース(疎)で、不均衡である場合が多いです。特に、不正取引や市場の急落など、まれではあるが高影響なイベントを特定しようとする場合、モデルがノイズをパターンとして分類する過学習、または稀なイベントを捉えられない過少学習のリスクがあります。
- 複雑なデータとモデル:金融データセットは、高次元であり、特徴量間の関係が非線形かつ相互依存的です。これらの複雑な相互作用をキャプチャするには、大規模で洗練されたモデルが必要であり、トレーニング時間、コスト、およびパフォーマンスに計算上のボトルネックを生じさせます。
- 汎化の難しさ:モデルが訓練データでうまく機能しても、新しい、未知のデータで正確な結果を出す能力(汎化能力)が重要です。金融サービスではデータがリアルタイムで進化し、パターンが急速に変化するため、汎化が特に困難になります。
量子機械学習(QML)の可能性
量子機械学習(QML)は、これらの古典的な課題の一部に対処する可能性を探求しています。優位性は、予測精度の向上、トレーニング時間の短縮、推論の高速化、より複雑な関係性のモデリング、あるいは汎化能力の向上など、多岐にわたります。
1. 前処理:量子特徴量エンジニアリング
モデルの有効性は、トレーニングデータの品質と、そのデータがモデルにどのように表現されるかに依存します。
- 古典の特徴量エンジニアリング:モデルの予測能力を維持しつつ、トレーニングの計算オーバーヘッドを削減するために、特徴量を生成、変換、または選択するプロセスです。
- 量子アプローチ:量子アプローチでは、特徴量を複雑な量子状態に符号化します。この変換は、古典的な手法では実現できない非線形かつ高次元の空間で特徴量を表現することを可能にします。この「よりリッチな空間」にデータを埋め込むことで、古典的に分離が難しい微妙なパターンがより明確になるという直感に基づいています。
量子特徴量エンジニアリングは、古典モデルに利益をもたらす新しい特徴量セットを提供することを目指しており、汎化の強化や再トレーニングコストの低減につながる可能性があります。
2. 量子モデル
QMLの探索は、量子ハードウェア上でネイティブに実行される量子モデルの開発にも焦点を当てています。
- 高表現力:量子モデルは、指数関数的に広い量子特徴量空間にデータを埋め込むことで、よりコンパクトで表現力が高く、古典的な対応物よりも汎化能力に優れるモデルを構築する可能性を秘めています。
- 例:量子サポートベクターマシン(QSVM)は、この巨大な量子特徴量空間を利用することで、不正取引と非不正取引のより簡単かつ効果的な分離を理論上可能にします。
ユースケース:不正検知
不正検知は、取引を「不正(fraudulent)」と「合法(legitimate)」の二つのクラスに分類する二値分類問題の中核をなします。
- 課題:稀なイベントの特定:不正取引はデータセット全体の1%未満であることが多く、分類モデルを訓練するためのサンプルが限られています。
- 課題:適応的な行動:不正は適応的な行動であり、検出システムを出し抜くために新しい形態が急速に出現します。このため、モデルのパフォーマンスを維持するために迅速な再トレーニングが不可欠となります。
量子の優位性
量子アプローチは、古典モデルの再トレーニングのオーバーヘッド削減、またはパフォーマンス向上をもたらす量子モデルの開発を通じて優位性を提供しようとします。
- 再トレーニングの削減(前処理):量子特徴量エンジニアリングによって生成された特徴量が、再トレーニング時間を短縮し、モデルがより迅速に適応し、有効性を維持できるようにする可能性があります。
- 量子モデルによるより深い関係のキャプチャ:量子特徴量マップを利用することで、QMLは古典的な方法よりも効果的に、特徴量間の微妙な非線形関係を捉える潜在能力を持ちます。
障壁と市場センチメント
QMLは多くの参入点を提供し、金融サービスからの関心が高まっていますが、現状は「可能性の芸術」を探求する段階にあります。
- ハードウェアの制限:MLモデルの訓練には大規模なデータセットが必要ですが、現在の量子コンピューターにはデータをこの規模で処理する能力がありません。古典データを量子情報に符号化する(データ・ローディング)こと自体が大きなボトルネックです。
- 推論時間:不正検知など多くの金融サービスアプリケーションでは、マイクロ秒単位の予測が必要とされます。現在の量子コンピューターは、稼働時間も、古典システムに匹敵する安定性とスループットも提供できていません。
- 理論的制約:指数関数的集中:量子ビットの数が増加するにつれて、データポイントを比較するために使用される値が収束する傾向があり、意味のある区別を抽出することがますます困難になります。
- 「非量子化(dequantization)」の可能性:研究者は、QMLの潜在的な利点の一部を古典的な方法で再現する方法(非量子化)を見つけており、真の量子優位性が達成できるウィンドウは以前考えられていたよりも狭い可能性があることを示唆しています。
これらの制約により、現在のPoCは、比較的要件が厳しくない前処理やモデルトレーニングの初期段階に焦点を移しています。
課題領域3:確率的モデリング(Stochastic Modelling)とモンテカルロ・シミュレーション
確率的モデリングは、複雑なシステムにおける不確実性をキャプチャするための数学的枠組みです。金融サービスでは、デリバティブの価格決定、金利のモデリング、信用リスクの評価などに利用されます。量子システムが本質的に確率的であるため、この問題領域は量子コンピューティングと自然な概念的整合性を持っています。
古典的モンテカルロ法の課題
モンテカルロ(Monte Carlo)法は、デリバティブ価格決定、Value at Risk(VaR)計算、ストレステストなどで広く用いられています。
- 計算のコスト:モンテカルロ法の課題は、正確な推定値への収束が計算上高価であることです。
- 収束速度の遅さ:推定誤差は、シミュレーション回数の平方根に比例して減少します。つまり、誤差を半減させるには4倍のシミュレーションが必要であり、10分の1にするには100倍のシミュレーションが必要です。この遅い改善率が、モンテカルロ法を金融サービス業界で最も計算コストの高いモデルの1つにしています。
量子モンテカルロ積分(QMCI)の優位性
古典的なモンテカルロ法の限界は、量子優位性の機会を提供します。量子モンテカルロ積分(QMCI:Quantum Monte Carlo Integration)は、モンテカルロ推定値の収束速度を加速させることを目指します。
- 理論的なスピードアップ:QMCIの中核にあるのは量子振幅推定(QAE:Quantum Amplitude Estimation)というアルゴリズムです。QAEは、理想的な条件下で二次的なスピードアップを実現します。古典的なモンテカルロ法で誤差を半減させるのに4倍のシミュレーションが必要なのに対し、QAEではわずか2倍で済みます。
- 並列探索:量子ビットの重ね合わせを利用することで、QMCIは、個々のランダムな経路を一つずつシミュレーションするのではなく、多数の可能な経路を同時に符号化し、並列に探索できます。
- 平均値のエンコード:古典的なアプローチが個々の結果を保存して平均を計算するのに対し、QMCIは、すべてのシミュレーション経路がアンシラ量子ビットと呼ばれる追加の量子ビットの確率振幅に、その期待値がマップされるように符号化します。
最終的な期待値の読み取りには量子位相推定(QPE:Quantum Phase Estimation)が用いられ、反復的なサンプリングを避け、期待値の推定値を直接バイナリ数として出力します。
ユースケース:価格決定モデル
資産価格決定は、ポートフォリオおよびリスク管理の中核機能です。タイミングや精度におけるわずかな改善が、大きなリターンやコスト削減につながる可能性があります。
- ターゲット:モンテカルロ・シミュレーションが必要なのは、通常、多次元(マルチアセット)で経路依存的(パスディペンデント)なエキゾチック・デリバティブの価格決定です。
- 現状:エキゾチック・デリバティブの価格決定において、モンテカルロ法はしばしば唯一の実用的な方法ですが、計算コストが高く、価格決定が遅いという欠点があります。この限界が、量子モンテカルロ法が優位性を提供する可能性がある有望な応用例と見なされる理由です。
障壁と市場センチメント
QMCIは明確な理論的基盤を持つにもかかわらず、市場では長期的な目標と見なされています。
- ハードウェア要件:QMCIは、大量の経路を量子状態に符号化する必要があり、現在の量子コンピューターが提供できるよりも遥かに多い量子ビット数とより深い回路深度が必要です。
- 理論的優位性の不確実性:二次的なスピードアップが、商業的に実現可能な利益に変換されるかどうかが不明確です。古典的なモンテカルロ法は、既に許容可能な時間枠内で主流のユースケースに対して正確な結果を提供しています。
- エンコーディングの課題:QMCIは一般的に、問題の決定変数ごとに1つの量子ビットを必要とするため、スケーラビリティに課題があります。
このため、QMCIは「誤った夜明け」に似ており、理論上は変革的だが、実際には限界があるという見方が強まっています。ただし、量子インスパイアード・アプローチ(古典的なGPU上で実行されるテンソル・ネットワーク・シミュレーションなど)は、主要な銀行とのコラボレーションを通じて、新しいデリバティブ価格決定モデルの探求に活用されています。
規制上の考慮事項:技術中立的なアプローチ
FCAは、技術そのものを規制するのではなく、イノベーションを支援しつつ、金融市場が安全で強靭であることを保証する役割を担っています。量子コンピューティングは、既存の規制上の課題(モデルの説明可能性、公平性、運用レジリエンスなど)を増幅させる可能性が高いと見られています。
横断的な主要な考慮事項
- 量子モデルの説明可能性(Explainability):量子モデルは、複雑なAIシステムと同様に「ブラックボックス」の課題を悪化させるリスクがあります。企業は、消費者危害や紛争が発生した場合に、決定がどのように導き出されたかを実証し、説明できる必要があります。
- 検証、ベンチマーク、再現性(Validation, Benchmarking, and Replicability):金融モデルへの信頼は、その検証と再現性にかかっています。量子システムでは、出力の確率的性質とハードウェアのばらつきにより、再現性が複雑になります。企業は、量子モデルの出力が期待される分布と一致することを、結果の等価性を実証する方法を検討する必要があります。
- アウトソーシング、集中、運用レジリエンス:金融機関が量子機能を外部の専門プロバイダーにアウトソーシングするシナリオでは、集中リスクと依存関係が生じます。量子ツールが価格決定、取引、またはリスク管理に組み込まれる場合、サービス停止や性能低下が消費者や市場に影響を与える可能性があります。企業は、プロバイダーの切り替えや古典的なシステムへの復帰など、強靭な代替手段を確保する必要があります。
- データ・ガバナンス、セキュリティ、機密性:機密性の高い金融データを、企業の通常のインフラストラクチャ外にある新しい環境(小規模な専門チームが管理する環境)に移動させる際のリスクが指摘されています。
規制当局の役割:イノベーション・サービスの活用
規制当局は、イノベーションをサポートするためのツールを適応または作成することを検討すべきです。
- 規制サンドボックス:既存のサンドボックスを拡張し、古典的なコンピューティングリソースと並行して量子コンピューティング・リソースへのアクセスを提供し、合成データを用いたテストと開発を可能にすることが考えられます。
- PoCの観察:規制当局が初期段階のPoCに直接関与し、企業が直面する課題を早期に把握し、規制上の障壁となり得る点を特定することで、規制の予測可能性を高めます。
- 量子に焦点を当てたチームの設立:AIやデジタル資産向けに設立されたのと同様に、量子コンピューティングに特化したチームを設立することで、専門知識のハブを構築し、イノベーターに明確な連絡窓口を提供できます。
結論:成長機会の実現に向けた協調行動
量子コンピューティングは、まだ科学的な探求の域を出ていませんが、実用的な検討の領域に入りつつあります。この技術の進化は、金融セクターの成長機会であると同時に、グローバルな金融ハブとしての英国(そして日本を含む各国)の地位を左右する可能性を秘めています。
この成長機会を実現するためには、以下のステークホルダー間の協調的な取り組みが不可欠です。
金融サービス企業
- Quantum Readiness戦略の設計:スキルの開発や、ベンダー/学術界との継続的なPoCといった「後悔のない」行動を特定し、長期的な不確実性に対してヘッジしながら、短期的な利益を追求する。
量子コンピューティングベンダー
- 規制当局との戦略的な関与:早期の規制当局との関係構築は、技術的・規制的な明確性を確立し、エンドユーザーを安心させ、市場投入への摩擦を減らす「市場採用の戦略的促進剤」となる。
規制当局(FCAなど)
- 知識構築とイノベーション支援:量子技術の知識を構築し、業界との対話のためのオープンなチャネルを確立する。規制サンドボックスの拡張やPoCの観察など、既存のイノベーションツールを適応させ、適応的かつ比例的な規制アプローチのリーダーシップを示す。
金融業界の皆様は、今すぐこの新たなフロンティアへの投資と実験を開始し、将来の競争優位性を確保するためのQuantum Readinessを構築することが求められています。
もっと詳しく知りたい方へ
本レポートはResearch Note: Quantum computing applications in financial servicesで原著を読むことができます。 Qunasysでも金融分野への量子技術の応用動向を日欧からモニタリングしております。 より詳しい情報について、気軽にお問い合わせください。
(文:鉄烏賊)