欧州レポート ユースケースその4: MRI画質を飛躍的に向上させうる量子センサー

QunaSysは、欧州の量子ハブの一つであるコペンハーゲンにもオフィスを構え、海外での量子コンピュータ研究開発を推進しています。 当社もメンバーであるDanish Quantum Community(DQC)が発行するレポートに、量子コンピュータの16のユースケースとして紹介されています。 今回は2番目のユースケースを、抄訳、補足してお届けします。

デンマークのヴィズオウア病院とニールス・ボーア研究所が共同で、MRI(磁気共鳴画像法)スキャンの画質を根本から覆す可能性を秘めた、新しい光量子センサーを開発しました。この技術は、より正確な診断と治療への道を拓くものとして、医療分野から大きな期待が寄せられています。

MRIの画質を阻む「磁場の壁」

MRIスキャナは、強力な磁石と電波を使って体内の詳細な画像を取得する、現代医療に不可欠なツールです。しかし、広く普及している一方で、その技術はまだ発展途上にあり、画質の向上は常に課題とされてきました。

その大きな要因の一つが、スキャン中の「磁場の不安定性」です。MRIは、理想的で均一な磁場を前提として画像を生成するため、実際の磁場にわずかでも乱れが生じると、それが直接画質の低下につながってしまいます。これまでもスキャン中に磁場を測定し、その情報を画像生成に反映させることで画質を改善する試みはありましたが、従来の電子式センサーでは、MRIの強力な磁場環境下で電磁干渉を起こしてしまうという根本的な問題があり、広範な導入には至っていませんでした。

光と原子が織りなす量子ソリューション

この課題を解決するため、デンマークの研究チームは全く新しいアプローチを開発しました。それが、原子セシウムガスを用いたレーザー分光法に基づく「光量子磁力計」です。

このセンサーの最大の特徴は、プローブがナイロンとガラス、ケーブルがすべて光ファイバーで構成されている点です。これにより、電磁干渉を一切引き起こすことなく、MRIスキャナ内部の磁場をリアルタイムで精密に測定することが可能になりました。この技術は、MRIのような高磁場環境下で光磁力測定を実用化した世界初の事例となります。

    仕組みは以下の通りでです。
  1. プローブ内部のセシウムガスをレーザーで加熱し、原子の密度を高めます。
  2. 別のレーザー光をこのガスに照射し、光がどれだけ吸収されるかを測定します。
  3. 磁場の強さに応じて、セシウム原子が吸収する光の波長はわずかに変化します。
  4. この波長の変化を継続的に追跡することで、磁場の強さを極めて正確に割り出すことができるのです。

使われている量子技術

この技術における量子技術は、磁場の強さを測定する原理そのものに使われています。
具体的には、センサーの中心部で利用されている「セシウム原子の性質」が量子力学に基づいています。分かりやすく説明すると、以下のようになります。

  1. 原子のエネルギー状態は「量子化」されている 原子が吸収できる光の波長(色)は、決まった値しかとることができません。これは、原子内の電子が存在できるエネルギーの状態が、連続的ではなく「とびとび」の値になっているという量子力学の基本原理によるものです。
  2. 磁場によってエネルギー状態が変化する セシウム原子に外部から磁場をかけると、この「とびとび」のエネルギー状態が、磁場の強さに応じてわずかに変化します。
  3. 光の吸収パターンで磁場を読み取る そこで、センサーはセシウム原子にレーザー光を当て、どの波長の光が吸収されたかを精密に観測します。この「光の吸収パターン」の変化を読み取ることで、磁場の強さを逆算して非常に正確に測定することができるのです。

つまり、磁場という外部からの影響によって変化する、原子レベルの量子的な振る舞い(光の吸収)を精密に観測している点が、この手法の「量子技術」たる所以です。

実証から商業化へ:未来へのロードマップ

開発されたプロトタイプは、すでにヴィズオウア病院のMRIスキャナでテストが行われ、その有効性が証明されています。実際に、特定のスキャン状況下で磁場の不安定性を検出することに成功しました。

現在チームはプロトタイプのさらなる改良を進めており、近い将来、このリアルタイム磁場モニタリング技術を用いた実際のMRイメージング実証を行う計画です。この実証の成功後には、技術を事業化し、商業ベンチャーとしてスピンアウトすることが期待されています。 市場投入までの期間としては、研究用途で2~3年、実際の臨床現場での使用には10年程度が見込まれています。

もたらされる価値と広がる可能性

この技術が成功裏に導入されれば、MRIスキャンに革命をもたらし、信頼性と効率を大幅に向上させる可能性があります。より鮮明で信頼性の高いMRI画像は、より正確な診断を可能にし、最終的には患者の治療成績の向上に大きく貢献するでしょう。

世界中で広く利用されているMRIスキャナの数を考えれば、このイノベーションの潜在的な市場規模は計り知れません。さらに、この先進的な磁力測定技術は、MRI分野だけでなく、精密な磁場測定を必要とする他の科学技術分野における新たなイノベーションの起爆剤となる可能性も秘めています。

もっと詳しく知りたい方へ

本レポートは16 Danish QuantumUse Casesで原著を読むことができます。 Qunasysでも量子センサーの動向ををモニタリングしております。 より詳しい情報について、気軽にお問い合わせください。