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小さい量子コンピュータを繰り返し用いて大きな系での計算を可能にする手法 “Deep VQE” を考案し、論文(プレプリント)を公開しました

大阪大学の藤井教授(QunaSys最高技術顧問)・御手洗助教(同CSO)・水上特任准教授(同技術顧問)とQunaSysの中川は、小さなサイズの量子コンピュータを繰り返し用いて大きなサイズの系での計算を可能にする「Deep VQE」という手法を考案し、論文プレプリントを公開しました。

"Deep Variational Quantum Eigensolver: a divide-and-conquer method for solving a larger problem with smaller size quantum computers"

https://arxiv.org/abs/2007.10917

追記:2022年3月、PRX Quantumに出版されました。https://journals.aps.org/prxquantum/abstract/10.1103/PRXQuantum.3.010346 

背景

Noisy Intermidiate-Scale Quantum (NISQ)デバイスというノイズありのアナログな量子コンピュータの開発が進み、特定の問題においては古典コンピュータを凌駕する性能を示すようになりました。(Googleが量子超越を達成 -新たな時代の幕開けへ 前編 / 後編)この"量子超越"が示されたのは実用上の意義の少ない特殊な計算問題に対してですが、今後は実用的な問題に対して量子コンピュータが古典コンピュータを上回る"quantum advantage"の実現が期待されています。

問題点

しかし、NISQデバイスによる”quantum advantage”が期待されている物性物理や量子化学分野の実用的なサイズの問題を解くには、現在実現されているNISQデバイスのサイズ(量子ビット数)や精度は依然として十分ではありません。そこで、小さなサイズの量子コンピュータを用いて大きなサイズの問題を解く工夫や手法が必要とされています。

方法

古典コンピュータを用いた量子化学計算の分野においては、扱いたい系を小さな部分系に分割してそれぞれの部分系で量子化学計算を行い、その結果を用いて全体の有効ハミルトニアン[1] を構成し、その有効ハミルトニアンを解くことで全体での量子化学計算結果を近似する「分割統治 (divide and conquer) 」の発想に基づいたアルゴリズムが数多く提案されています。本研究では、この分割統治の発想をNISQデバイス上で動作する量子-古典ハイブリッドアルゴリズムの代表例であるvariational quantum eigensolver (VQE)と組み合わせ、部分系のハミルトニアン・全体の有効ハミルトニアンを小さなサイズの量子コンピュータを用いたVQEで繰り返し解くことで全体の計算結果を得る方法を考案しました。

結果

本研究では、小さなサイズの量子コンピュータでのVQE計算のみを用いて、部分系のハミルトニアン・全体の有効のハミルトニアンの求解を行い、量子コンピュータのサイズに比べて非常に大きな系での量子計算を可能にした「Deep VQE」という手法を開発しました。量子化学の既存の分割統治手法を量子コンピュータに適用した先行研究[2]に比べ、Deep VQEは様々な物性物理・量子化学の問題に適用可能な一般的な定式化を与えています。さらに、「部分系-全体」の構造を階層的に用いることで、量子コンピュータのサイズに対して非常に大きな系を扱うことを可能にしています。例えば、二次元正方格子上に並んだ32*32=1024サイトの最近接作用する量子スピン模型(1024量子ビット相当)を、最大32量子ビットの量子コンピュータで近似的に扱うことができます。さらに論文(プレプリント)では、手法の精度評価として1次元的に結合したフラストレートスピン系を用いた数値シミュレーションを行い、Deep VQEによって全体の厳密解に非常に近い値を得ることができることを確認しました。

展望

Deep VQEを用いることで、実用的な大きなサイズの問題(例えば、数百量子ビット)をより小さな数十ビットの量子コンピュータで解くことができるようになる可能性があります。Deep VQEによる計算結果の精度が期待できるのは部分系の間の相互作用がそれほど大きくない場合ですが、最近接相互作用を持つ量子スピン系や、有機EL・太陽電池・光合成系など産業応用が期待される複数の分子系ではこの仮定が満たされており、Deep VQEの活用先となり得ます。Deep VQEは、NISQデバイスの"quantum advantage"の実現へ向けた非常に重要な手法となると考えられます。

出典・用語解説

[1] ハミルトニアン:量子系を記述する演算子(行列)。その固有値が系のエネルギーに対応する。
[2] Yamazaki et al., "Towards the Practical Application of Near-Term Quantum Computers in Quantum Chemistry Simulations: A Problem Decomposition Approach",

arXiv:1806.01305


2020/08/17

Category: Research
Category: Research
Year: 2020