NISQデバイスを用いた量子機械学習手法を提案し、分子の励起状態の特性を求めるという問題に適用した論文(プレプリント)を公開しました。
株式会社QunaSys の河井(インターン)・中川は、近い将来に実現される量子コンピュータであるNISQデバイスを用いた量子機械学習手法を提案し、分子の基底状態の情報のみからその励起状態の特性を求めるという、量子化学分野において有用な問題にその手法を適用した論文(プレプリント)を公開しました。
“Predicting excited states from ground state wavefunction by supervised quantum machine learning”
https://arxiv.org/abs/2002.12925
追記:2020年10月29日付けで、Machine Learning: Science and Technology誌に掲載されました。
https://iopscience.iop.org/article/10.1088/2632-2153/aba183
背景
NISQ (Noisy Intermidiate-Scale Quantum) デバイスという、誤り訂正機能のない量子ビットが数百個〜数千個程度集まった量子コンピュータが実現されつつあります(詳細はQmediaをご参照ください)。NISQデバイスの応用先として、量子化学分野や物性分野における分子や固体物質の性質の精確な計算が注目されており、特にvariational quantum eigensolver (VQE)というアルゴリズムを用いると分子や物質の基底エネルギー・励起エネルギーを、変分法を用いて計算できることが知られています。
問題点
しかし、光化学や化学反応の研究において重要な分子の励起状態の特性をNISQデバイス上で計算するには、基底エネルギーを求めるアルゴリズムに比してより多くの計算コストを必要とします。
方法・結果
株式会社QunaSys の河井(インターン)・中川は、分子の励起状態の特性を基底状態の波動関数から学習する量子機械学習アルゴリズムを提案しました。この手法では、NISQデバイス上に容易に実装可能な量子レザバーと呼ばれる量子回路を用いて、VQEなどにより計算された基底状態の波動関数を処理し、その出力状態を測定したデータを古典的な機械学習アルゴリズムによって学習します。これにより、量子コンピュータ上で実行する処理の回数を少なく抑えたうえで、波動関数という系の大きさに対して指数関数的に増大する量子的な情報を、線形関数的に増大する古典的な情報に変換し、古典コンピュータ上で効率よく学習を行うことを可能にしました。そして、提案手法のデモンストレーションとして、現実のNISQデバイスに内在するノイズ等を考慮したシミュレーションを行い、実際に小さなスケールの分子の励起状態のエネルギーおよび遷移双極子モーメントが精度よく求められることを確かめました。シミュレーションには、高速な量子回路シミュレータであるQulacsを用いました。
展望
この結果により、古典コンピュータのみを用いて計算することができなかったサイズの分子や物質の励起状態の特性を、NISQデバイス上で計算できる可能性が示されました。これはNISQデバイスの物質解析への応用の幅を大きく広げるものと期待されます。