量子コンピュータを用いて非断熱結合とベリー位相を計算するアルゴリズムを提案した論文(プレプリント)を公開しました。
株式会社QunaSysの田宮(インターン)・中川は、NISQデバイスと呼ばれる近い将来実現されると考えられている量子コンピュータを用いて、分子や物質の性質の解析に重要な一次・二次の「非断熱結合」と「ベリー位相」と呼ばれる量を求めるアルゴリズムを提案した論文(プレプリント)を公開しました。
"Calculating nonadiabatic couplings and Berry's phase by variational quantum eigensolvers"
https://arxiv.org/abs/2003.01706
追記:2021年6月24日付で、Physical Review Research誌に掲載されました。
https://journals.aps.org/prresearch/abstract/10.1103/PhysRevResearch.3.023244
背景
近年の量子制御技術の向上に伴い、NISQデバイスと呼ばれる中規模でノイズがある量子コンピュータが実現しつつあります(詳細はQmedia記事を参照)。このような機能が制限された量子コンピュータでも何か有用な応用先がないかを探求する研究が現在盛んに行われており、その潮流の中で提唱されたアルゴリズムがVQE (Variaitonal Quantum Eigensolver) です。VQEは分子や量子スピン系のエネルギーと安定状態を求めるためのアルゴリズムであり、VQEをNISQデバイス上で実行することで、これまで古典コンピュータで計算できなかったような物質の性質を解明できるのではないかと期待されています。
問題点
ところで、分子やスピン系の性質を調べるためにはエネルギー以外の情報も必要不可欠です。例えば、蛍の発光現象に代表されるような光化学反応の背景には非断熱遷移と呼ばれるメカニズムが重要な役割を果たしており、これらの現象のシミュレーションには非断熱結合と呼ばれる物理量の計算が必要不可欠です。また、幾何学的位相とも呼ばれるベリー位相は物理学における様々な現象に現れる重要な物理量であり、物質のトポロジカル相の分類や次世代エレクトロニクス材料の開発に活用されています。しかし、このように重要な物理量である非断熱結合とベリー位相をNISQデバイス上で効率よく計算する手法は、いままで知られていませんでした。
方法・結果
我々はまずこれらの量が「量子状態の微分」に関連していることに注目し、系の安定な量子状態を求めるアルゴリズムであるVQEの出力を用いた場合の非断熱結合とベリー位相の解析的な表式を求めました。そしてこの表式が、VQEの結果を適切にチューニングした量子回路を準備し必要に応じて射影測定を交えることで評価できることを示しました。一次・二次の非断熱結合の計算は全てNISQデバイスでも扱いやすい期待値測定の形に帰着し、ベリー位相の計算は一部アダマールテストと呼ばれるNISQデバイスには比較的難しいとされる処理を要する場合があるもののやはり期待値測定をベースにして評価可能であることを示しました。最後に、量子回路シミュレータQulacsを用いたNISQデバイスの動作シミュレーション結果と数値計算の結果を比較することで我々の手法の妥当性を確認しました。
展望
本手法の提案により、従来の古典コンピュータで計算できなかったようなサイズの非断熱分子動力学シミュレーションや幾何学的位相計算への展望が開けました。これらのシミュレーション結果を用いた光化学反応解析や物質の輸送特性計算など、NISQデバイスの応用可能性がさらに広がることが期待されます。