対称性を持つ量子系のエネルギーを量子コンピュータを用いて計算する手法に関する論文(プレプリント)を公開しました。
対称性を持つ量子系のエネルギーを量子コンピュータを用いて計算する手法に関する論文(プレプリント)を公開しました。
株式会社QunaSysの黒岩(インターン)・中川は、量子コンピュータ上での活用が期待されている変分量子アルゴリズムを用いて、任意の対称性を持つ量子系のエネルギーを正確に計算する手法に関する論文(プレプリント)を発表しました。
“Penalty methods for variational quantum eigensolver”
http://arxiv.org/abs/2010.13951
追記:2021年2月26日付けで、Physical Review Research誌に掲載されました。
Phys. Rev. Research 3, 013197 (2021) - Penalty methods for a variational quantum eigensolver (aps.org)
背景
近年の技術発展に伴って量子コンピュータの実用化は多くの関心を集めています。特に現在、より高性能な量子コンピュータの実用化に向けた第一歩として、Noisy Intermediate-Scale Quantum (NISQ) デバイスと呼ばれる、エラー訂正機能を持たない中規模の量子コンピュータの実装や応用が注目されています。こうしたNISQデバイスの応用の一つとして、量子変分固有値ソルバー(Variational Quantum Eigensolver; VQE)というアルゴリズムを用い、古典コンピュータでは計算が難しい大規模な量子系(物質や分子)のエネルギーや状態を計算する提案が有力視されています。
一方、我々の計算対象となる量子系の多くは、何らかの"対称性"と呼ばれる性質を持っています。対称性は現代物理学の根底をなす概念であり、対称性を用いて量子系の様々な性質を予測することができます。量子系が対称性を持つ場合、その状態やエネルギーを対称性を用いて分類することが可能であり、各分類ごとにどのような状態やエネルギーが現れるのかを知るのは非常に重要です。例えば、分子の光化学反応では、特定の分類に属する状態の間にしか光吸収・光放出が起きないことが知られており、分子の光化学的な性質を予測する為には対称性に基づいた状態とエネルギーの解析が必須です。
問題点
上記のような対称性による分類に基づいた量子系のエネルギーと状態を、VQEを活用して計算する手法はこれまでに複数提案されてきました[1,2]。これらの手法は具体的には、系のエネルギー期待値と対称性から外れた分のペナルティの和を最小化することで、求めたい分類に属する状態のエネルギーを求めるというものです。しかし、これらの提案には実用的な応用を考えるうえで二つの深刻な問題点がありました。一つ目は、ペナルティの大きさをどのように設定するかについての理論的裏付けがなく、発見的な手法が用いられていたという問題です。このため、求めたい分類に属する状態・エネルギーがVQEの結果として得られる保証がありませんでした。二つ目は、ペナルティを表現するための異なる二種類の関数が提案されており、双方を比較する分析がないために、手法内の一貫性が欠けていたという問題です。二種類の関数の特性や実用上の利点/弱点を明らかにすることは、対称性のある量子系にVQEを活用する際に重要な知見となります。
結果
本研究では、上述の二種類のペナルティ関数に対して理論的な分析を行い、両者の性能の違いを明確化しました。その内一方のペナルティ関数については、VQEの結果求めたいエネルギーが正確に得られることを保証する、関数の重み係数に対する簡潔な公式を与えることに成功しました。それに対し、もう一方のペナルティ関数については、これまでなされていた直感的な説明に反し、VQEの結果として求めたいエネルギーが正確には求められないことを示しました。このペナルティ関数を用いた場合、最良のケースでも関数の重みに反比例する大きさの誤差が生じてしまい、最悪のケースでは完全に誤った計算結果が得られてしまいます。こうした理論的分析に加えて、分子系でのシミュレーションを行うことによって得られた公式や理論の正当性を確認しました。
数値計算には、化学計算のオープンソースライブラリPySCF( https://github.com/pyscf/pyscf)とQunaSysの管理する量子回路の高速シミュレータQulacs(http://docs.qulacs.org/ja/latest/#)を用いました。
展望
本研究(プレプリント)は、量子コンピュータを用いて対称性を持つ量子系の性質を計算する方法の体系的な理論を与えました。本研究の理論分析は極めて一般的な前提条件の下で行われており、この結果は高エネルギー物理から物性物理・量子化学まで、対称性が現れる量子系に幅広く適用可能です。対称性は多くの量子系で見られ、その性質の解析に重要な役割を果たすため、本研究の結果はNISQデバイスを用いた量子系の解析に関して大きなインパクトを持つと考えられます。
参考文献
[1] J. R. McClean et al, "The theory of variational hybrid quantum-classical algorithms," New Journal of Physics, vol. 18, (2), pp. 023023, 2016.
[2] I. G. Ryabinkin, S. N. Genin and A. F. Izmaylov, "Constrained Variational Quantum Eigensolver: Quantum Computer Search Engine in the Fock Space," Journal of Chemical Theory and Computation, vol. 15, (1), pp. 249-255, 2019;2018;.