量子コンピュータ上で分子のエネルギー微分値を計算する論文を公開しました。
QunaSysの御手洗・中川と顧問の水上助教は、量子コンピュータ上で分子のエネルギー微分値を解析的に計算するアルゴリズムを提案した論文(プレプリント)を公開しました。
追記:2020年2月5日付で、Physical Review Research誌に掲載されました。
Theory of analytical energy derivatives for the variational quantum eigensolver
https://journals.aps.org/prresearch/abstract/10.1103/PhysRevResearch.2.013129
https://arxiv.org/abs/1905.04054
背景
NISQ (Noisy Intermediate-Scale Quantum) デバイスと呼ばれる、ノイズありの量子コンピュータの実現が間近に迫っています。NISQデバイスは、量子化学や機械学習分野での活用が期待されており、従来の古典コンピュータではできなかった高精度・大規模な計算が行えると期待されています。
量子化学計算において、分子のエネルギーの値を何らかのパラメータで微分した量(以下、「エネルギー微分値」)は非常に重要な量です。例えば、分子の結合距離・角度に対するエネルギー微分値を求めることで、分子の最も安定な構造を求めることができます。他にも、化学反応経路の探索やNMRスペクトルの計算など、エネルギー微分値は量子化学計算のほとんどの箇所に現れる普遍的な量となっています。
問題点
量子コンピュータを用いて分子のエネルギー微分値を計算する場合、これまではパラメータが近い2点で数値的な差分を取る手法(差分法)しか考えられていませんでした。しかし、NISQデバイスは出力にノイズが含まれており、精度の高い差分を取ることは極めて困難です。そのため、エネルギー微分値の計算は量子コンピュータを量子化学計算に活用する際の大きな障害となっていました。
方法・結果
株式会社のQunaSysの御手洗・中川と顧問の水上助教は、量子コンピュータ上で分子のエネルギー微分値を解析的に計算するアルゴリズムを提案しました。このアルゴリズムでは、理論量子化学で知られていたエネルギー微分値を求める公式と、NISQデバイスを用いた量子アルゴリズムである variational quantum eigensolver (VQE)とを組み合わせました。具体的には、VQEの計算に使用した量子回路の回転ゲート前後に適切な量子ゲートを新しく挿入し、期待値を測定し足し合わせることで、量子コンピュータ上でエネルギー微分の解析的な値を計算することを提案しました。また、この手法は基底状態エネルギーの微分値だけでなく、従来の古典コンピュータではより計算が難しい励起状態エネルギーの微分値にも同様に適用できることを示しました。
展望
エネルギー微分値は、分子や物質の性質の計算で普遍的に用いられる量であり、今回提案したアルゴリズムは量子コンピュータの量子化学計算への実応用へ向けた重要なステップといえます。このアルゴリズムを基に、さまざまな量子化学計算の手法が量子コンピュータ上に実装され、活用されていくことが期待されます。