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量子コンピュータ実機で結晶材料の準粒子バンド計算に成功

パナソニック ホールディングス株式会社の大越孝洋主幹研究員、市川和秀リードリサーチャー、株式会社QunaSysの岩切、甲田、中川、岡留 バレンシア、高は、結晶材料の性質を理解する上で重要な準粒子バンド構造を、量子コンピュータ実機を用いて計算することに成功しました。

従来のコンピュータ上における結晶材料の高精度な電子状態計算手法は、その計算コストの高さゆえに適用できる系のサイズに制約がありましたが、近年の量子コンピュータ技術の進展により、将来的には従来制約を超えた大規模な計算が可能となることが期待されています。

本研究では、代表的な半導体材料であるシリコン結晶を対象とし、量子コンピュータ実機を用いた準粒子バンド計算の実証実験を行いました。研究成果はプレプリントとしてarXivに公開されました。

“Demonstrating Quantum Computation for Quasiparticle Band Structures”, Takahiro Ohgoe, Hokuto Iwakiri, Masaya Kohda, Kazuhide Ichikawa, Yuya O. Nakagawa, Hubert Okadome Valencia, Sho Koh, https://arxiv.org/abs/2307.14607


背景
周期的な構造を持つ結晶材料の電子状態を正確にシミュレーションすることは、電池材料等様々な材料開発の効率化に繋がります。特に、電子状態を反映するバンド構造を計算することは、結晶材料の性質を理解する上で重要な役割を果たします。通常、バンド構造は密度汎関数理論(DFT: density functional theory)と呼ばれる手法によって計算されてきましたが、DFTでは電子相関と呼ばれる電子間の相互作用が十分に記述できないため、精密計算が困難という問題が知られています。DFTに代わる手法としては、波動関数理論に基づいて電子相関を取り入れるアプローチがあり、高精度なバンド構造計算が可能になることが報告されています。しかし、その計算コストは高く、従来のコンピュータ(古典コンピュータ)上では実用的なサイズの系では適用できませんでした。

近年、量子コンピュータによる波動関数理論に基づいた量子化学計算への応用研究が盛んに行われており、将来的には古典コンピュータで実現できなかった高コストな計算が可能になることが期待されています。現在実現されている量子コンピュータはNISQ (Noisy Intermediate-Scale Quantum) デバイスと呼ばれ、中規模かつ誤り訂正機能がないものとなっています。NISQデバイスで動作するアルゴリズムとして、変分量子固有値ソルバー(VQE: variational quantum eigensolver)[1]と呼ばれる、量子コンピュータと古典コンピュータを使ったハイブリッドな手法が注目されており、量子化学計算の加速が期待されています。

これまでにもNISQデバイス実機を用いたバンド計算は報告されていますが、それらは電子相関を十分に取り込めていない強結合近似を施したものに限られていました。本研究では電子相関効果を考慮するため、経験的な近似を施さない第一原理に基づいたバンド構造(準粒子バンド構造)を、NISQデバイス実機を用いて計算することに初めて成功しました。


研究手法と成果
本研究では代表的な半導体材料であるシリコン結晶を対象として、準粒子バンド構造計算を行いました。NISQデバイスはノイズの影響を受けるため、計算結果に誤差が生じてしまい、大規模な量子ビットを用いた計算はまだ困難というのが現状です。そのため、本研究では準粒子バンド構造において特に重要なフェルミエネルギー近傍のバンドのみを計算する活性空間近似、および量子ビット削減技術を用いて、シリコン結晶を2量子ビット系にまで削減しました。その上で、まずシミュレータ上でVQEによる電子基底状態計算を行い、その後量子コンピュータ実機上で量子部分空間展開法(QSE: Quantum Subspace Expansion)と呼ばれる手法を用いて準粒子バンド計算[2]を行いました。本計算では、NISQデバイスのノイズの影響を抑えるため、読み出しエラー軽減手法(readout error mitigation)を適用しました。さらに、時間に依存して変化するノイズの影響を軽減させるために、複数回の測定結果の平均操作によるエラーキャンセリングも行いました。

下図は、量子コンピュータ実機で実行されたQSE計算で得られた準粒子バンド構造と、参照として完全活性空間配置間相互作用法(CASCI: complete active space configuration interaction)および全配置間相互作用法(FCI: full configuration interaction)で計算された高精度な電子基底状態に対して、ノイズの影響がないシミュレータ(古典コンピュータ)上でQSE計算を実施した結果を示しています。量子コンピュータ実機を用いて計算された結果(VQEラベル)は、古典コンピュータで計算された参照手法とよく一致し、量子コンピュータ実機によって正確に準粒子バンド構造が計算されたことを示しています。

図:QSEによって得られたシリコン結晶の準粒子バンド構造

 
今後の期待
結晶材料の性質を理解する上で重要な準粒子バンドの計算を、量子コンピュータ実機で実証したことは、量子コンピュータの実応用へ向けた着実な一歩となります。今回は2量子ビットという小規模系での実証実験でしたが、今後、より実用的な計算に向けてより多くの量子ビットを使った計算への展開が期待されます。


[1] A. Peruzzo et al., Nat. Commun. 5, 4213 (2014). https://www.nature.com/articles/ncomms5213
[2] N. Yoshioka et al., Phys. Rev. Res. 4, 013052 (2022). https://journals.aps.org/prresearch/abstract/10.1103/PhysRevResearch.4.013052

2023/08/22

Category: Press Releases
Category: Press Releases
Year: 2023