QunaSys、1,024基のNVIDIA GPUを用いて3億ゲート超の量子回路シミュレーションに成功
量子コンピュータ向けソフトウェア・アルゴリズムの開発を手がける株式会社QunaSys(本社:東京都文京区、代表取締役:楊 天任、以下「QunaSys」)は、誤り耐性量子計算(FTQC)での活用が期待される量子化学向け量子アルゴリズムについて、3億ゲートを超える量子回路を対象に、回路構築からコンパイル、実行、結果解析までを一貫して行うEnd-to-End検証に成功しました。
将来、FTQCを用いて分子のエネルギーを高精度に計算するためには、量子アルゴリズムの一部だけでなく、計算の準備から実行、測定結果の解析までを含めた一連の処理が、想定どおりに動作することを事前に確認する必要があります。一方、大規模な量子回路を古典コンピュータ上でシミュレーションするには大量の計算資源が必要となるため、これまで検証できる規模には限界がありました。
今回QunaSysは、量子ソフトウェア開発基盤「QURI SDK Enterprise」とNVIDIA cuQuantumを用いて、qubitizationに基づく量子位相推定(QPE)の大規模シミュレーションを実施しました。検証には、国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」)の量子・古典融合計算基盤「ABCI-Q」に搭載されたNVIDIA H100 GPU 1,024基を使用しています。
このシミュレーションは、補助量子ビットを多く使用し、膨大な回数の演算を必要とするため、通常のコンピュータでの検証には大きな負担がかかります。そこで、計算手順の効率化と多数のGPUによる処理の分担を組み合わせ、qubitization型QPEのEnd-to-End古典シミュレーションとして、量子ビット数・ゲート数の両面で世界最大規模*の検証を実現しました。今回の成果は、QURI SDK Enterpriseが、実機の実用化に先立ち、FTQC向けソフトウェアの動作と計算精度を高性能な古典シミュレーションによって検証できることを示しています。
*2026年時点、qubitization型QPEのEnd-to-End古典シミュレーションとして、当社が確認した公開事例の中で最大規模
本研究は、高性能計算分野の国際会議「SC26」のResearch Posters部門に採択され、2026年11月15日から20日まで米国シカゴで開催される同会議で発表されます。
発表題目: Chemically Accurate End-to-End Classical Simulation of Qubitization-Based Quantum Phase Estimation on 1,024 GPUs
■主な成果
将来の誤り耐性量子コンピュータで実行する大規模な量子アルゴリズムは、現在の量子コンピュータではまだ実行できません。そのため、実機が登場する前の段階で、アルゴリズム全体が正しく動作し、期待する精度の結果を返すことを古典コンピュータ上で確認することが重要です。今回QunaSysは、量子回路の一部分ではなく、回路構築からコンパイル、実行、約100万回の測定結果の解析までを一貫して検証し、水素4原子モデル(H₄)の基底状態計算に対して化学精度を満たす結果を確認しました。
・qubitization型QPEによる計算精度の確認: 水素4原子のモデル(H₄)では、約1.5時間で約3.19億ゲートからなる量子回路をシミュレーションし、約100万回分の測定結果を生成しました。最も多く得られたエネルギーと同じ分子モデルの厳密解との差は0.53 mHaで、化学計算の精度の目安である「化学精度」を満たしました。
・QURI SDK EnterpriseによるEnd-to-End検証: qubitizationに基づくQPEの量子回路を構築・コンパイルし、GPUによるシミュレーションを通じて、得られるエネルギーの値とその出現頻度まで確認しました。
・実行規模の拡大: 分子の基底状態計算で許容する誤差を大きくした条件では、水素2原子から10原子まで対象を広げ、最大42量子ビットの量子回路を実行しました。
■研究の背景
材料や触媒の性質を理解するには、分子が最も安定した状態にあるときのエネルギー(基底状態エネルギー)を知ることが重要です。計算中の誤りを訂正しながら動作するFTQCは、分子のエネルギーを小さな誤差で求める計算への応用が期待されています。
分子のエネルギーを求める手法の一つであるqubitization型QPEでは、分子の性質を数式で表した計算モデルを量子回路に組み込み、QPEによってエネルギーを読み取ります。実用化に向けては、必要な量子ビット数や演算回数を見積もるだけでなく、計算の準備から結果を読み取るまでの手順をつなぎ、全体として想定どおりに動作するかを確かめる必要があります。しかし、量子回路全体のシミュレーションには大量のメモリと長い計算時間が必要となり、検証できる規模が限られていました。
■検証に用いた技術
今回の検証では、分子の計算モデルに基づく量子回路の構築から、コンパイル、シミュレーション、測定結果の解析まで、全工程にQURI SDK Enterpriseを使用しました。量子回路の構築では、分子の計算モデルを量子回路に組み込む方法や、計算の開始に必要な量子状態の準備方法を工夫し、必要な量子ビット数と演算回数を削減しました。構築した量子回路には、シミュレーション用ソフトウェアが実行できる形式への変換(コンパイル)も施しました。
量子回路のシミュレーションでは、QURI SDK EnterpriseのバックエンドとしてNVIDIA cuQuantumを使用しました。量子状態を表すデータを多数のGPUに分けることで、1基のGPUのメモリには収まらない規模の量子回路のシミュレーションを実現します。その際、GPU間でやり取りするデータ量を減らすとともに、同じ計算機(計算ノード)内のGPU間で利用できる高速通信を優先的に使用することで、通信時間を短縮しました。
■検証結果
・H₄の回路規模と測定結果
H₄に対するQPEでは、量子回路の最適化により、99量子ビット・約17.8億ゲートと見積もられた初期構成を28量子ビット・約3.19億ゲートへ縮小しました。最適化後の量子回路には1,024基のGPUを使用し、シミュレーションから約100万回分の測定結果の生成までを約1.5時間で完了しました。
得られた測定結果を解析したところ、最も多く得られたエネルギーと同じ分子モデルの厳密解との差は0.53 mHaとなり、化学精度の目安である1.6 mHa以内に収まりました(図1)。エネルギーの値に加え、各値が得られる頻度を表す測定分布まで解析し、量子回路全体が想定する精度の結果を返すことを確認しました。.png)
・42量子ビットまでの実行結果
実行可能な規模を調べる検証では、エネルギー推定で許容する誤差を大きくし、水素原子を鎖状に並べたモデルを2原子から4、6、8、10原子へと拡大しました。この条件で、H₁₀に対する42量子ビット・約49万ゲートのQPE回路まで実行できることを確認しました。化学精度を求めるH₄では約3.19億ゲートの量子回路を、誤差の条件を緩めたH₁₀では42量子ビットの量子回路を実行し、演算回数の多い計算と量子ビット数の多い計算の双方を検証しました。.png)
・GPU数と計算時間
GPUによる並列処理の性能評価では、H₂に対する32量子ビットのQPE回路を用いました。計算内容を固定してGPU数を増やす「強スケーリング評価」では、1基で約4,155秒かかっていた処理が512基では約24秒となり、約173倍の高速化を確認しました(図3)。この量子回路では、GPU数の増加に伴ってGPU間の通信回数が増え、通信の負担が大きくなるため、512基を超えると高速化が頭打ちとなりました。.png)
■今後の展望
今回の検証により、qubitization型QPEについて、量子回路の構築からコンパイル、複数GPUを用いたシミュレーション、測定結果の解析までを一貫して実行し、化学精度を満たす結果を確認できました。これは、将来の量子コンピュータ実機でアルゴリズムを検証する際に、比較の基準となるデータを事前に取得できる可能性を示すものです。
今後、古典シミュレーションで検証できる分子や量子回路の規模をさらに広げるためには、分子の計算モデルをより効率的に表現する手法や、大規模な量子回路を限られた計算資源で扱うためのソフトウェア技術の高度化が必要です。QunaSysは、量子アルゴリズムとシミュレーション技術の両面から、より大規模・高精度な検証に取り組んでいきます。
こうした研究開発を通じて、将来の誤り耐性量子コンピュータ上で実行されるアルゴリズムの信頼性向上や、量子化学をはじめとする産業分野での量子コンピュータ活用に向けた技術基盤の構築を進めてまいります。
■研究支援
本研究は、産総研「ABCI-Qグランドチャレンジ」プログラムにより提供された、量子・古典融合計算基盤「ABCI-Q」の計算リソースを用いて実施しました。また、複数のGPUでシミュレーションを行うためのソフトウェアとして、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の下で産総研と開発した「quri-parts-cuquantum」を活用しています。
なお、本研究の成果は、当社主催のフラグシップカンファレンス「Xtangle 2026」(2026年10月27日開催)でも報告します
■株式会社QunaSysについて
QunaSysは、化学や材料科学をはじめとする産業向け量子アルゴリズムの開発を推進する量子コンピュータソフトウェア企業です。量子機械学習や量子化学に加え、量子技術を活用したCAE(Computer Aided Engineering)分野にも注力し、学術機関、産業界、政府機関と連携しながら、量子コンピュータの産業応用に向けた研究開発を進めています。
会社名:株式会社QunaSys
本社:東京都文京区白山1-13-7 アクア白山ビル9F
代表取締役CEO:楊 天任
設立:2018年2月
URL:https://qunasys.com/