材料開発データベースの整備により 社内コミュニケーションを活発化、開発力の向上へ
日本ゼオンは1950年の創業以来、自動車用タイヤなどの合成ゴムや高機能樹脂など世界トップクラスの化学製品を提供し続けてきました。「人の真似をしない」独自技術開発への挑戦を主導する総合開発センター。総合開発センターでは、QunaSysとともに、材料開発のデータマネジメントシステム(DMS)を構築してきました。なぜDMSを作ろうとしたのか、どういった成果が得られたか、研究開発本部総合開発センター長の高橋和弘氏と総合開発センターデジタル研究開発推進室の和田梓氏にお話を伺いました。
アメリカ駐在で得た着想
プロジェクトの開始前はどのような状況で、どういった課題感をお持ちでしたか?
高橋氏)当社でも本格的にDXの取り組みを始めようと思ったときに、まず要となるのはデータ基盤だと思いました。データ分析の技術は日進月歩で変わっていきますが、しっかりとしたデータ基盤を整えておけば、データ分析の変化には対応できると考えたんですね。
データ基盤に着目したのは、アメリカ駐在での経験がありました。アメリカの子会社ではMicrosoft Access(マイクロソフト社が提供するデータベースソフトウェア)を使い始めた時からシステムを手作りで内製化して、20年以上もデータを貯めてきていました。その結果、蓄積したデータがいまでも現場で使われ、生きている。
一方、日本ではアメリカより10年以上も前にデータを貯め始めていたのですが、OSのバージョンアップなどのたびにデータが全て使えなくなってしまうんですね。そのため、一貫した取り組みを続けることができず、各現場がそれぞれの考えに基づいて研究を進め、データを扱っているような状況でした。アメリカの子会社の取り組みを見て、自前でそこまでできるなら、日本でもできるだろうと。
データマネジメントシステムを作ろうと考えたときに、なぜQunaSysを選ばれたのでしょうか?
高橋氏)いざデータ基盤を作ろうとしたときに、大手のベンダさんが何社も提案に来られました。各社とも優れた製品をお持ちなのですが、口をそろえて「データがあれば分析しますよ」というスタンスでした。しかし当社の課題はデータの整備そのものだったわけで。
世の中のデータ管理の製品を見回しても専門性が高く複雑な作りのものが多かった。パッケージ化された製品やサービスの場合、ユーザ側を向いて個別事情を勘案してもらえないことも悩みでした。システム開発の際、開発コスト削減のために画面数やデータベース数を減らすことも多いと思いますが、結局それらは使いやすさに跳ね返ってきます。各現場の従業員が使いこなすためにも、もっと簡単な仕組みで構造化されたデータを扱えるプラットフォームを探していました。
そのような中、知人の紹介でQunaSysのことを知りました。量子コンピュータの会社ということで、組み合わせ最適化に将来的に取り組みたいと考えていたので、まずはその観点で話を聞いていたんですね。ところが、当社がやりたいことを説明したところ、松岡さんから「まずはデータ基盤の整備ですね」ということで、ユーザ目線での課題提起をしてもらえたことに信頼感が湧きました。開発を進める中でも、あくまで現場のユーザビリティを起点に提案いただけるので、とても納得感が高いと感じました。
教育と伴走によりデータマネジメントシステムを普及
データマネジメントシステムの取り組みはゼオンの中でどのように進んでいますか?
高橋氏)順調に会社の中で広がっています。DXの取り組みというと、1つの部署ではうまくいってもなかなか会社全体に浸透しない例が多いと思いますが、DMSは和田が社内でどんどん広げていってくれました。ゼオンでは研究所が18あるのですが、ほぼ全てでデータマネジメントの取り組みができるようになってきました。
和田氏)DMSの展開にあたっては社内の教育が非常に重要です。そこでもQunaSysさんにお手伝い頂いています。まずデータ整備のためのガイドラインを一緒に作成し、作成したガイドラインを使って社内でセミナーを行うことで現場にきちんと届けることを意識しています。
教育の内容も最初は研究開発に特化した内容でしたが、進めていく中でこの教育は間接業務含むすべての業務に適用可能だという事が分かったため対象領域を拡大しており、セミナーの受講者は総合開発センターをはじめ、本社や工場を含めて300名を超える規模になってきています。どのように業務を構造化し、どういった情報をデータ化するかなど、実際の社内の業務を交えてガイドラインに記載があるので分かりやすいという意見をたくさん頂いています。
また、セミナー後のサポートも大事にしています。ガイドラインを読むことで、現場の担当者はある程度自走できますが、とはいえ彼らは構造化やデータ化といったことに慣れてないメンバーばかりなので、セミナー後の伴走が浸透において重要になります。具体的には、まず現場の担当者にできる範囲でガイドラインに沿って、業務の構造化、取得するデータの整理などを実施してもらい、その内容を定期的な打合せでブラッシュアップするという形で伴走しています。この伴走の取り組みもガイドラインがあるおかげで、お互い共通認識・共通言語で話せるため効率的に進められていると考えています。おかげさまでデータマネジメントの考え方が社内で浸透していっているなと感じています。
データベースを整備することは、実は共通言語を整備することだった
データマネジメントシステムの取り組みを進めたことで社内でどのような変化がありましたか?
和田氏)やはりみなさん最初の整理では苦労されるようで。それでも一度データを構造化して、データが溜まり、データを活用できるようになると「これは使える。頑張った甲斐があったな」と思ってもらえるようです。
高橋氏)どんな仕事でも普段の業務は体で覚えていて、それを言語化することってあまりないと思うんですよ。私自身も色々と試行錯誤していく中で、業務の流れは何か、ユーザは誰か、どういうシーンでデータを使うのかなど、日々の業務に則してデータ基盤を作ることが大事なんだと気づくようになりました。
また大きな変化としては、異なる部署がデータを共通言語にして話せるようになりました。現場のコミュニケーションは今まで個々人が異なるロジックで議論していてすれ違いも多かったのですが、データを整理するという共通のフレームワークができたことで、意見や知識のすれ違いが少なくなってきたと思います。私は「目的変数と説明変数で語る」と呼んでいますが、データを整備することが現場のコミュニケーションを改善させ、ひいては開発力の向上につながっていると感じています。
こうした取り組みを進める中で、豊嶋社長からは全社員が同じように使える単一のデータモデルのフレームワークを作ろうというビジョンで指示が出ています。確かにゼオンの場合、異なる製品であっても技術の源流は同じなので、単一といかないまでも幾つかのパターンで全社を表現できるのではないかと考えています。
和田氏)現場担当としては初めに聞いた時は「すごいお題が来たな」と(笑)。しかし、DMSの構築のため 10以上の研究所とデータの整備を進めていく中で、かなり共通化できるという確信に変わってきました。実際、研究所ではDMSの共通化フレームワーク(テーブル構成、UI)の作成もかなり進んできています。
データマネジメントシステムのその先
データマネジメントシステムの取り組みを今後どのように展開していきたいですか?
高橋氏)DMSの先にはビジネスモデルの変革を見据えています。データの整備はユーザ目線で考えることに他なりませんので、製品を売るだけでなく、製品の使いこなし方であったり、製品の作り方を売るという、モノ作りからコト作りへの転換があり得るのではないかと。
さらに壮大な夢としてはビジネス版のデジタルツインを作れてしまうと考えています。大規模計算や精密計算を通じて、市場動向、為替、気候変動の影響など様々な指標を予測して、経営判断に役立てる。量子コンピュータの時代になればそうしたことも可能になりますし、大規模計算・精密計算においてQunaSysさんの力も借りていきたいと思っています。また、そうした壮大な夢に向けて地道なデータ基盤整備が必要ですので、ボトムアップの教育を含めて引き続き支援して頂きたいと思っています。