「ほしい物性」から、材料が生まれる未来へ。
~シャープが挑む、量子計算による次世代電池材料開発 ~
お話をうかがった方(シャープ株式会社 研究開発本部)
● 佐久間さん … 量子コンピューティング活用プロジェクトを牽引。研究テーマの具体化と全体の舵取りを担う。
● 久能さん … 次世代電池材料への量子計算の適用に、この一年間ハンズオンで取り組む。

THEME 1
NEDO懸賞金事業への挑戦と、シャープの電池開発戦略
― 国の大きなプロジェクトである「NEDO懸賞金活用型プログラム」に挑戦し、採択された経緯や、社内での位置づけを教えてください。
佐久間さん 当社では、脱炭素社会やサーキュラーエコノミーの実現に向けて、次世代電池の材料開発に取り組んでいます。ただ、電池材料の候補は非常に多く、実験だけで有望材料を絞り込むには時間もコストもかかります。そこで材料探索には化学計算が有力な手段になりますが、現実的には、計算コストの制約から十分な精度や規模で扱えないなど様々な課題があります。量子コンピュータはまだ発展途上の技術ですが、将来的には従来のコンピュータでは現実的に扱えなかった課題も計算できるようになると期待し、その応用可能性を検討していました。
そうしたなかで、今回の公募を知りました。最先端の量子コンピュータの実機や高性能シミュレータが利用できるということで、材料開発への応用可能性をより早く、具体的に検証できると考え、応募を決めました。
ただ、最先端のマシンを使えても、それだけで有意義な検討ができるわけではありません。応募時は応用検討を開始した段階でしたから、限られた期間で成果につなげるには、量子に関するより専門的な知見が必要だと考えました。そこで、量子アルゴリズムに強みを持つQunaSys様と連携し、共に研究テーマを具体化して応募し、採択に至りました。
社内では、この取り組みを「量子コンピュータ活用の先行領域」と位置づけています。電池材料は社会的重要性が高く、計算に対する要求も明確なので、新しい計算技術の価値を検証する題材には適していますが、私たちが目指すのは個別の材料課題の解決だけではありません。ここで得た技術や知見を他の分野へ広げ、将来的にシャープの新たな競争力となる技術基盤へ育てていく。これは研究開発本部の重要な役割の一つだと考えています。
― 従来の化学計算の延長ではなく、「量子コンピューティング」という新たなアプローチに関心を持った理由は。

佐久間さん 大きく二つあります。一つは、従来の化学計算では電池材料探索に対応しきれない部分があるからです。電池の性能には、原子やイオンの移動、界面での反応などさまざまな現象が関わり、それらは材料の電子状態に強く左右されます。定量的に予測するには非常に高精度な計算が必要ですが、従来のコンピュータで現実的な時間で計算を完了するには、精度や対象に一定の制約を置かざるを得ない。量子コンピュータなら、その制約を緩和し、従来は扱えなかった対象の計算や、より高い精度での物性予測が可能になると期待しています。
もう一つは、量子コンピューティングが電池材料に限らず、将来の事業のあり方を大きく変え得ると考えたからです。研究開発本部には、個別の課題を解くだけでなく、シャープの将来の競争力となる技術基盤を生み出す役割がある。量子コンピューティングは多くの分野に活用できる可能性があり、発展の余地も大きいため、早い段階から実践的な知見を蓄えることで、将来の大きな柱に育てたいと考えました。単なる調査にとどまらず、具体的なテーマを決め、本格的に取り組むことが、他分野への展開可能性を高めることにもつながると感じています。
久能さん 私は大学で化学計算、DFT(密度汎関数理論)などを学んだ後、入社後に実験を経験しました。実験を経験し、試さないとわからないことが多くあることを実感し、同時に計算の重要性も強く感じました。計算だけでも、実験だけでもなく、両方がかみ合ってこそよい結果が出せる。素晴らしい理論があるのに、それを開発現場に持ち込めていないのは、正直もったいない。そのもう一歩を進めたい、という思いがあります。
― 量子技術がもたらす「未来の電池開発・グリーンイノベーション」に、どんな期待を。
佐久間さん 将来的には、“求める物性を入力すると、それを実現し得る新規材料の候補が提示される”。そんな材料開発の姿に期待しています。もちろん実現には、量子だけでなく、AIやシミュレーションなど他技術の発展も必要でしょう。
電池開発では、実験用セルの作製と評価を何度も繰り返します。試作にも時間がかかり、評価項目も多岐にわたる。とにかく時間と人手が必要な世界です。特に大幅な性能向上を狙うほど材料特性が重要になるので、計算による事前選別の精度が上がれば、試作回数や使用する原料を減らし、開発期間を大幅に短縮できるはずです。これらのようなイノベーションが世界中のエネルギーデバイスの開発現場に広がれば、一企業の開発力向上にとどまらず、資源使用量やエネルギー消費の削減にもつながっていくと考えています。
THEME 2
2025年度の共同研究を振り返って
― 2025年度のプロジェクトフェーズが無事完了しました。QunaSysとの共同研究の手応えは。
佐久間さん 量子計算を材料開発に活かすための知見が、着実に積み上がっている手応えがあります。単に量子アルゴリズムを動かすだけでなく、材料課題をどう計算問題へ落とし込み、従来計算と量子計算をどう組み合わせ、得られた結果をどう評価するか。この一連の進め方への理解が深まりました。一方で、世界の最先端と競うにはまだまだ検討が必要です。特に計算対象の分子サイズは最先端の報告との差が大きく、役に立つ計算に昇華させるために、さらに進展させたい。大きな成果を一足飛びに得たというより、より高度な課題へ進むための基礎と方向が明確になったことに、確かな手応えを感じています。

久能さん 派手に大きな数値が出たという瞬間があったわけではありません。むしろ、自分たちが実際に扱う材料について数値が出ること自体が初めての経験で、それが確かな前進だと感じました。サンプルコードもいただけたので、私が回し、他の課題へも横展開できる状態になっている。「よし」という達成感ではなく、「蓄積が進んでいる」という小さくても確かな充実感です。
また、「この数字はおかしいのでは」と気づける機会が増えたのも大きかったです。シミュレーションの怖いところは、条件設定などに問題があっても計算自体は進み、一見もっともらしい数字が出てしまうことです。そのため、得られた数値をそのまま受け入れるのではなく、本当に意味のある結果なのか、慎重に確認する必要があります。共同研究を通じて、結果に不自然な点があるときに、それを見逃さず、妥当性を検証する力が身についてきたことも実感しています。
― QunaSysの技術力・アルゴリズムの知見や、伴走体制で、特によかった点は。
佐久間さん 量子に直接関わる部分は、あらゆる面で心強く感じました。基本のアルゴリズムや理論はもちろん、使用するアルゴリズムや計算対象となる軌道の選び方などの実践的な内容から、業界動向まで実に多様な知見をご共有いただきました。知見の積み上げもプロジェクトの目的でしたから、周辺知識を含めてご共有いただけたのが非常に良かったです。
さらに、量子計算だけでなく、その前段や比較対象となる従来の化学計算についても幅広く支援いただけたのは大変助かりました。プロジェクト開始時の私たちは、従来の材料計算も十分に使いこなせている状態ではなかったため、計算モデルの作り方、計算条件の考え方、結果の解釈までフォローいただき、化学計算全体への理解を深められたことが、今回の活動をより実りあるものにしてくれました。
久能さん 体制面では、固定の担当の方についていただき、定例ミーティングで進捗や方針を継続的に議論しました。同じメンバーで議論を重ねることで相互理解が深まり、踏み込んだ質問や相談もしやすくなります。メールなどでも随時ご対応いただけて、必要なときに柔軟に相談できる、心強い伴走体制で事業に取り組めました。
計5回実施していただいたレクチャーも、量子について全く知らなかった私たちにとって、学ぶよい土台になりました。他ではあまり見ない丁寧な資料で、「何でも聞いてください」という空気感と共に、事実と意見をきちんと分け、決して盛らずに正直に伝えてくださる、その姿勢が、そのまま信頼につながりました。
― 電池のシャープと、量子アルゴリズムのQunaSys。2社が組んだからこそのシナジーは、どこに。

佐久間さん シャープ側の「何を解けば価値があるか」という視点と、QunaSysの「いまの技術で、どうすれば解ける形にできるか」という視点を、組み合わせられたところだと思います。私たちにはデバイス開発の立場から、何をどの程度の精度で予測したいかという課題意識がありました。ただ、それを量子計算の問題としてどこからどう扱えばよいかは明確でなかった。そこにQunaSysの量子アルゴリズムの知見が加わり、将来の意義を見据えた具体的な成果につながる取り組みにできました。
結果の解釈でも両社のシナジーが働きました。量子計算から得た数値が妥当か、想定と違うなら何が原因かを考えるうえでは、QunaSysの知見が不可欠です。一方、開発で役立つ計算にするには、実験値との比較や解釈が重要になる。そこはシャープの実験研究の知見を活かし、より実用的な計算へと発展させられたと感じています。
THEME 3
次年度への継続と、今後のマイルストーン
― 来年度もプロジェクトを継続されるとのこと。さらに深掘りしたいテーマや、超えていきたい「技術的な壁」は。
佐久間さん 次のフェーズにおける最大のテーマは、計算対象のスケールの拡大です。2025年度は可能性を検証するために小規模な分子モデルを使いましたが、実用的な物性予測にはモデルの拡大が避けて通れません。次年度は、この問題に正面から取り組みます。ある程度モデルを大きくするには、材料全体から重要な部分をどう切り出すか、問題をどう分割するか、古典計算と量子計算をどう組み合わせるか、といった工夫が必要で、これを適切に設計できるかが大きな課題です。
久能さん 2025年度は、量子計算の設計の多くの部分をQunaSys様に支えていただきました。次のフェーズでは、ご提案を基に検討するだけでなく、シャープ側からもモデル設計や計算手法について、電池研究者としての知見を活かした提案をしていきたい。目指しているのは、いわば“独り立ち”です。自分たちの力で社内に量子を広げていけるように、私達自身がもっと量子に詳しくなりたい。それが成果の一つでもあると思っています。
― 最終的にどのような「社会課題の解決/社会実装」を目指すのか。― 日本の製造業における「国産CAE」の重要性、そして量子との掛け算で持てる競争力について、どうお考えですか。
佐久間さん 最終的に目指すのは、資源制約が小さく、安全性や耐久性にも優れた次世代電池材料を実現し、脱炭素社会とサーキュラーエコノミーに貢献することです。ただ、現時点では、量子計算を使えば直ちに製品が完成するという段階ではありません。まずは、材料予測の信頼性を高める基盤技術を確立することが重要だと考えています。
ロードマップとしては、第一段階で、既知材料を対象に計算値と実験値を比較し、どの条件で予測精度を確保できるかを明らかにし、第二段階で、扱える材料規模や候補数を広げ、従来計算だけでは評価が難しい材料についても、量子・古典のハイブリッド計算で有望候補を絞り込めるようにする。第三段階では、その予測結果を実際の合成・評価へフィードバックし、計算と実験を反復する材料開発プロセスに組み込んでいく。もちろん、全体の完成を待つのではなく、導入できる技術を可能な部分へ逐次投入しながら、仕組みとして練り上げていきます。
現実的な手応えとして、計算による事前選別が有効であれば、無駄な実験を大きく減らせます。良い材料でも必ず良い数字が出るとは限らず、デバイス作製の失敗や組み合わせの問題もあります。だからこそ、“これは本当にやる価値がある”と選別できれば実験を絞り込める。あとは「計算結果を信じていい」と言える時代がいつ来るか。第三段階はハードルが高いですが、そこを目指したいです。
NEDO事業を通じて、まずは量子計算が材料開発のどの工程で実用的な価値を生むかを明確にし、将来的には電池に限らず、幅広い材料開発へ展開できる計算基盤へと育てていきたいと考えています。
THEME 4
未来へのメッセージと、エコシステムへの期待
― 国の懸賞金事業というオープンな場で、最先端のスタートアップと大企業がタッグを組む意義を、どうお考えですか。
佐久間さん 量子コンピューティングのように技術変化が速く、正解がまだ定まっていない領域では、一社ですべての知識や人材を揃えるのは現実的ではありません。スタートアップは、最新の研究成果を素早く取り込み、試しながら改良していくスピードに強みがある。一方、大企業は、実際の製品や材料の知見、長期的な研究課題、実験設備、社会実装までの経験を持っています。両者が組むことで、先端技術を単なる技術で終わらせず、産業へ接続できる可能性が高まると思います。

久能さん 懸賞金事業のようなオープンな枠組みには、従来なら接点を持ちにくかった企業やスタートアップ、大学、研究機関が、共通の社会課題を起点に出会えるという意義があります。この共同研究も、そうした場がきっかけで実現しました。まず一緒に挑戦する機会を持ち、そこで得た成果や相互理解を基に、次の共同研究やより本格的な事業連携へ発展させていく。その最初の接点と実績をつくれることも、大きな意義の一つだと考えています。
大企業の中で新しい技術を動かすのは、人を巻き込むだけでも大変です。そこをスタートアップの皆さんが非常にスピーディーに対応してくださる。逆にスタートアップ側は、大企業と組むことで信頼や実績を得られる。QunaSys様は量子業界での注目度が高いので、私たちが「量子に取り組んでいる」と発信するうえでも心強い存在です。
― 最後に。量子コンピューティングの活用を検討している企業や研究者へ、メッセージを。
佐久間さん 材料開発は、量子コンピューティングの応用が比較的早い段階で期待されている領域の一つです。今まさに、自分たちの取り組みを通じて、量子を実際の材料開発へ近づけていく手応えと楽しさを強く感じられる段階だと思います。やっていて楽しいことこそ、研究者を動かす根源です。まだ本格的な勝者も多くない今だからこそ、面白い。ぜひこの分野に加わって、一緒に楽しみながら盛り上げていきましょう。
久能さん 私たちはこの一年間、量子コンピュータの知見を集めながら、材料開発への活用に取り組んできました。限りなくゼロに近いスタートでしたが、実際の量子アルゴリズムや実機計算に触れる実践経験を重ねることで、「いま自分たちにできること」の幅が着実に広がる手応えを感じています。量子コンピューティングは発展途上ですが、ユースケース候補の選択肢が多く、今後重要性を増す分野ですので、新しい技術や時代の変化にキャッチアップするには、早期に触れておくことが何より重要です。新しい分野に触れると、これまで関わってこなかった人たちとのつながりも生まれます。社内でひたすら取り組んでいた頃にはなかった、偶然のきっかけでの情報交換の機会。早めに手を挙げておくことが、後々きっと生きてくると思います。関心を寄せる方々と意見交換や情報共有を重ね、この取り組みをさらに活発にしていきたいですね。