Case: パナソニック ホールディングス株式会社

量子計算の実応用に向けて - パナソニックHDとQunaSysによる量子技術実証の取り組み

はじめに

量子コンピュータは、「いつか役に立つかもしれない未来の技術」として語られることが多いです。しかし、未来を待つだけではなく、今のうちから理解し、試し、考え続けている企業もあります。

パナソニック ホールディングス株式会社と株式会社QunaSysは、これまでの取り組みの中で量子技術について意見を交わしながら理解を深めてきました。
本記事では、そうした協業の歩みを振り返るとともに、QURI SDKテストユーザープログラムに参加いただいた経験を通して見えてきたことを担当者の言葉を中心にご紹介します。

本対談のポイント

  • 量子コンピュータを将来の事業競争力につながる技術として位置づけ、検証を進めてきた背景
  • QPARC参画から共同研究、テストユーザープログラムに至るまでの実践的な協業プロセス
  • アルゴリズム検証やツール活用を通じて見えてきた課題と、今後の実用化に向けた示唆

自己紹介

大越 孝洋 様
パナソニック ホールディングス株式会社
GX本部 先端材料開発センター 計算・インフォマティクス技術部

東京大学 理学部 物理学専攻にて量子系のシミュレーション研究で博士取得後、東京大学 工学部や早稲田大学にて、当時国家プロジェクトであったスパコン「京」プロジェクトと後継プロジェクトに研究員や教員として従事。その後、パナソニック株式会社(現パナソニック ホール ディングス株式会社)に入社。入社後は、グループ会社の様々な事業での材料・デバイス開発に対し、計算科学シミュレーションを軸として貢献する業務に携わっており、現在は計算科学シミュレーションのプロジェクトリーダーを務めている。

甲田 昌也
株式会社QunaSys
Quantum Innovation部 シニアリサーチャー

名古屋大学大学院 理学研究科で素粒子論的宇宙論の研究により博士を取得後、台湾 国立台湾大学など国内外の大学において研究員として素粒子物理学の理論的な研究に従事してきた。2021年5月にQunaSysに入社してからは、主に量子化学向けアルゴリズムを対象に、量子コンピュータの産業応用へ向けた研究開発に取り組んでいる。

芝宮 徹
株式会社QunaSys
Quantum Innovation部 シニアリサーチエンジニア

筑波大学大学院修了後、自動車会社で操縦安定性の研究開発に従事。産業応用の現場での経験を経て量子コンピュータの可能性に強い関心を持ち、ドイツの大学で量子情報を学ぶ。QunaSys入社後は産業実装を見据えたプロダクト開発に携わり、QURI SDKの立ち上げから中心メンバーとして開発を推進。現在はQURI SDK Enterpriseのプロダクト企画および開発のリードをしている。


量子コンピュータに取り組み始めた背景

甲田:
まずは、大越様が現在取り組まれている業務内容について教えてください。

あわせて、そうした業務の中で、量子コンピュータという技術に関心を持たれるようになった背景についてもお聞かせください。

大越様:
現在は、パナソニックグループの事業における材料・デバイス開発に対し、計算科学シミュレーションや材料インフォマティクスなどの先端DX技術による貢献をミッションとした業務に取り組んでいます。業務内容は、事業会社の開発へ直接貢献をするもの、競争力強化に資する差別化技術の構築、全社のDX技術の底上げのための基盤活動、など多岐に渡ります。その中でも量子計算は、将来のブレイクスルーに備える戦略的テーマとして推進しています。

前職では大学の研究職・教職として量子系シミュレーションの最前線(アルゴリズム設計、計算コード開発、超大規模計算による高精度解析)に携わってきました。このバックグラウンドにより量子コンピュータとの親和性が高い専門性を有していたことから、入社当時に社会的関心が高まった量子コンピュータに興味をもち、社内での活動を牽引する役割を担いました。


QunaSysとの出会いと協業の始まり

甲田:
ありがとうございます。量子系シミュレーションは量子コンピュータの優位性が見込まれている分野ですよね。材料開発へのインパクトも非常に大きいと期待されており、その実現に向けて世界中の研究者が精力的にアルゴリズム開発を進めています。当社も注力している分野です。QunaSysとは、いつ頃からどのような形で関わりが始まったのでしょうか。

大越様:
2020年にQunaSys様が、量子コンピュータ応用に関する企業コミュニティ QPARC を設立し、当社も参画したことが出発点でした。QPARCでは、レクチャー受講や量子計算シミュレータを用いたユースケース検討を通じて、量子計算技術の理解を深めるとともに、その適用可能性を模索してきました。参画から2年後には、より高度な適用検証として、NISQ(ノイズあり小中規模量子コンピュータ) 向けアルゴリズムと実機を活用した固体材料シミュレーションの実証研究を目的とした共同研究を開始し、これまでに論文を2本公表しています。うち1本は昨年、日本物理学会(JPS)Hot Topicsに選定され、学術的な評価も得られました。


これまでの取り組みを通じて感じていること

甲田:
これまでの取り組みを振り返って、量子コンピュータに対してどのような価値を感じていますか。

大越様:
当社にとっての量子コンピュータの真の価値は、当社グループの事業競争力を高める具体的武器として結実した時に初めて顕在化すると考えています。その実現に向け、当社では技術蓄積と人材育成を両輪として早期から推進してきました。とりわけ難しいと感じるのは、注力領域の選定です。事業領域も量子技術も多岐に渡るため、「事業インパクト × 量子技術のインパクト × 実現可能性」の三軸で総合的に見極める必要があります。一方で、QPARCや共同研究を通じて知見が蓄積され、判断材料は着実に増えています。人材育成の面では、日常業務で計算科学シミュレーションに携わる人材であっても、量子計算アルゴリズムや量子回路設計といった専門知識が求められるため、活用ハードルは高いのが実情です。このため、使いやすいソフトウェアと専門人材による伴走支援が不可欠でした。

甲田:
ありがとうございます。量子コンピュータの事業的価値を引き出すために、着実に歩みを進められているということですね。


テストユーザープログラム参加の経緯

甲田:
今回、QURI SDK のテストユーザープログラムを企画した背景と、Quantum Innovation部の開発したQURI SDKについて簡単に教えてください。

芝宮:
QURI SDKは、「量子計算の高度なアルゴリズムや機能を、簡単に使えるようにする」ということを目指して、ユーザーの声を取り入れながら完成度を高めていきたいと考え開発しています。

これまで量子技術について継続的に議論してきたパナソニック ホールディングス様とであれば、実践的なフィードバックを通じて一緒に良いプロダクトを作れると考え、今回のプログラムに参加いただきました。


テストユーザープログラムの実施内容

芝宮:
今回のテストユーザープログラムでは、どのような内容に取り組んでいただいたのでしょうか。

大越様:
今回のプログラムは、日常業務で材料シミュレーションに携わっているものの、量子計算シミュレータの活用は未経験のメンバーを中心に、社内の裾野拡大を目的として実施しました。まず NISQ 向けの取り組みでは、H₂ や CH₂ などの分子系を題材に VQE を実装し、活性空間の選定、スピン拘束の要否、エネルギー収束性といった実務で迷いやすい論点を一つずつ検証しました。その結果、数値的に厳密な参照計算と整合する高精度な結果が得られました。さらにFTQC(誤り耐性量子コンピュータ) 向けの取り組みでは、量子位相推定による基底状態エネルギーの算出に挑戦し、補助量子ビット数 などのパラメータを適切に調整することで、参照計算とほぼ一致する結果となることを確認できました。


QURI SDKの使い勝手について

芝宮:
VQEによる分子計算から量子位相推定まで様々な検証を行っていただきましたが、定期的なフィードバック会を通じて気づきを多く得られ、私たちにとっても大変学びの多い機会でした。ありがとうございました。

あらためて、QURI SDKの使い勝手について、率直な感想を教えてください。

大越様:
QURI SDK のscaffolding機能を使うことで、VQEや量子位相推定の実行サンプルを自動生成でき、最小限の修正で迅速に実行・評価を行うことができました。一方で、提供関数の各種オプションの定義や取り扱いで戸惑う場面もありましたが、QunaSys様のエンジニアへの直接質問や定期フィードバック会を通じて速やかに解消でき、安心して取り組めました。総じて、「実装→評価→改善」のサイクルを高速に回せる設計と感じています。


今後に向けた期待

芝宮:
Scaffolding機能を活用することで出発点をスムーズに作れる一方で、普段材料シミュレーションに関わっている方でも、特に量子特有の部分でハードルを感じられる場面があったことは、私たちにとって重要な気づきでした。

今後は、より自然に「実装→評価→改善」のサイクルを進めていけるように、いただいたご意見を開発に反映していきたいと考えています。最後に、QURI SDKやQunaSysに対する今後の期待をお願いします。

大越様:
今後は、生成AIやAIエージェントとの連携により、即座に疑問を解消し、意図した計算の設計から実行までをシームレスに実現できるような体験を期待しています。さらに、誤り耐性量子コンピュータ時代を見据え、差別化されたアルゴリズム群の開発とQURI SDK への継続的な実装を通じて、ソフトウェアとしての独自性を高めることで、実課題への応用可能性も一層高まると考えています。


本対談を振り返って ― QunaSysの視点から

今回の取り組みを通じて、量子計算の実務適用に向けた可能性と同時に、現場での活用における具体的な課題も明らかになりました。特に、アルゴリズム設計や量子特有のパラメータ設定といった専門性の高い領域においては、依然として一定のハードルが存在しており、それらをいかに乗り越えるかが今後の普及に向けた重要なポイントとなります。

こうした課題に対しては、ソフトウェアのさらなる使いやすさの向上に加え、生成AIやAIエージェントとの連携による開発体験の高度化が期待されます。自然言語での指示から計算設計、実行、結果解釈までを一貫して行える環境が実現すれば、専門知識の有無に関わらず、より多くの技術者が量子計算を活用できるようになるでしょう。

また、誤り耐性量子コンピュータ(FTQC)の時代を見据えたアルゴリズム開発とその実装の蓄積は、産業応用の実現性を高めるうえで不可欠です。差別化されたアルゴリズム群と、それを支える開発基盤の進化は、量子技術の実用化を大きく前進させる鍵となります。

QunaSysは今後も、ユーザーとの共創を通じてプロダクトの進化を続けるとともに、産業課題に直結するアルゴリズム開発と実装を推進していきます。量子コンピュータを「使える技術」として社会に届けるための挑戦を、これからも着実に積み重ねてまいります。

2026/07/01

Category: QURI SDK
Category: QURI SDK
Year: 2026