量子コンピュータを用いて量子系の非平衡定常状態を計算する論文を公開しました。

株式会社QunaSysの吉岡(インターン)・中川・御手洗と顧問の藤井教授は、量子コンピュータを用いて量子系の非平衡定常状態を計算するアルゴリズム "dissipative-system Variational Quantum Eigensolver (dVQE)" を提案した論文(プレプリント)を公開しました。

Variational Quantum Algorithm for Non-equilibrium Steady States
https://arxiv.org/abs/1908.09836

背景

近年の量子情報処理技術の発展によって、誤り訂正機能のない数十〜数百の量子ビットで構成されるNISQ (Noisy Intermidiate-Scale Quantum) デバイスが実現されつつあります。NISQデバイス上で動作するアルゴリズムの中でも、特に注目されているのは、量子系のエネルギーと最安定状態を計算するVQE (Variational Quantum Eigensolver) です。NISQデバイス上でVQEを実行することで、量子化学・物性物理学・材料科学などの分野において、最先端のスーパーコンピュータでも実行不可能な、大規模・高精度計算を行うことができると期待されています。

問題点

分子や素材などといった計算対象を調べる際の問題設定は、二つに大別されます。これらはそれぞれ、周囲から隔絶された「孤立系」と、外部からのエネルギー流出入(散逸)が存在する「開放系」と呼ばれています。例えば、電気伝導に代表される非平衡現象など、散逸の影響が本質的となるような開放系の設定は随所に現れます。特に、長時間後に到達する「非平衡定常状態」は、量子デバイス設計等において非常に重要であるにも関わらず、NISQデバイスを用いて求める手法は知られていませんでした。

方法・結果

株式会社QunaSysの吉岡(インターン)・中川・御手洗と顧問の藤井教授は、量子コンピュータを用いて量子系の非平衡定常状態を計算するアルゴリズム  "dissipative-system Variational Quantum Eigensolver (dVQE)" を提案しました。具体的には、散逸のある系を等価な孤立系へ変換することで、既存アルゴリズムのVQEが適用可能となり、NISQデバイスで非平衡定常状態が計算できることを示しました。上記の変換は「得られた解が物理的でない可能性がある」という問題を抱えていましたが、計算に用いる変分量子回路の構造に特定の制約を課すことで、解決しました。さらに、得られた非平衡定常状態の物理量の計算方法についても、愚直な方法に比べて圧倒的に効率の良い方法を提案しました。最後に、数値計算による動作シミュレーションと、量子コンピュータの実機を用いた実験の両者によって、提案手法のデモンストレーションを行いました。特に後者では、Rigetti computing社が提供するクラウド型量子コンピュータ"Rigetti Quantum Cloud Service"を用いてdVQEによる非平衡定常状態を計算し、理論予測と一致することを確かめました。

展望

dVQEを適用することで、散逸の影響が不可避であるような、量子力学の効果が強く現れるミクロな系を、より現実的な状況下で計算することが可能になります。例えば、分子接合系などのナノサイズの輸送デバイスを設計する際、溶媒や電圧・温度勾配といった外部環境の影響を考慮した計算が可能になります。本研究により、NISQデバイスを用いた非平衡定常状態の計算手法が確立されたことで、NISQデバイスの産業応用の幅がさらに広がっていくことが期待されます。